jazz pianist
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Diary

2008年
「愛着」

2008年、ドコモのPHSサービスが終了し、僕も他の電話に替えた。
最初の端末を足掛け8年使った(気に入っていただけでいばるような気持ちではないが、みかんの皮も捨てられない自分の性格ではある)。最後は、メールを3つ打つと電池がなくなり、友達によく笑われて老人のようだったが、がんばってくれた。8年前から1500文字のメールをやり取りできたので、PCとやりとりして出先から原稿送りにも使えるスグレモノだった。変換候補も出なくて一文字打ちだったけどね。

他の電化製品も電化でない製品もそうだが、技術の進歩が著しいという理由が大きいのだろうけど、今の世の中「長く使えるもの」がないというか、長く使わせない雰囲気なのがとても気になる。使う人の勝手ではありますが、わざと壊れるようにしてるの?って思うモノもある。
「使い捨て」という言葉も昔の言葉になってきたな・・・、クルマのモデルチェンジのスパンにしても、日本はどうしてそんなに急ぐのかな、といつも思う。日本の廃車や廃船が、第二の人生を発展途上な他国で長く送っているのを見ると、考えてしまう。

「新しいものにどんどん変えたほうがオトク」という考えや実際の事実が、資本主義の進んだ世の中をよく動かしていることがあるのはわかる。でもオトクではないひともその中に組み込まれて急がされて働いていたり、どんどん変わることである種の空しさや疑念のようなものを感じている人も多いと感じる。

もちろん新しさを否定するつもりはない、新しいものは楽しさがある!
ジャズだって新しいことはいい、だからいつでも発展してきた。携帯電話の小ささと機能には本当に驚く。電車に乗りながら旅館を調べて予約したり、夢のように便利だ。でも多機能すぎて目が回ってるひとも多いと思う。使うことだけささっと使うのも現代人の大事な”能力”かな>全部使いたいサモしい古代人自分

驚異的に安くなったプリンタの会社は、買い続けてくれるインク(高い!)で生き、ケータイは電池寿命がカギ、ではないかと、無知な自分の考えを書いていますが、モノ(端末)のサイクルを長くする、寿命の長い電池をあみ出したら、勲章を上げたい気分だけど、困る人もいるんだろうな。
今度は何年使うかなー。

むかしのゼンマイ巻きの腕時計は、何年でも分解掃除して使い続けた。近所の時計店のマジシャンのようなオヤジさんのところに持っていって、作業をいくら尊敬しても足らない気持ちで見ていた記憶がある。モノを大事にすると、オヤジさんやモノとの会話があり、モノは大事なモノになっていくのだ。モノには心があるね、それは自分の心の中に永遠にあるのだ。





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