jazz pianist
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Diary
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2012
「コピーの時代」
あっという間に圧倒的に便利なコピー。
高校時代から大学に入ったころ、コピー機というものが普及してきた。
文房具屋さんや大きな本屋に行けば、できた。
ノートや論文のコピーをした、した、した。
すればするほど悲しかった?持ち主の汗に対して。
ノートを写すといっても、それまでは万事手書きだった。
コピーすると、手書きで写していたときは気づかなかったことに気づく。
手書きで書いた本人の豊かな人生には決して近づきさえできないと思う。
機械から次々出てくる見事なコピー、簡単すぎてアホらしい気持ちもよぎる。
価値あるものの価値、を見ることのできる視力を今自分は失っているんだ。
きれいなコピー、でも、少しずつ必ず劣化していて決して本物ではないコピー、その少しがきっと小さなことでないんだろうと思う。
信じられないかもしれないけど、むかしどこかからコピーした楽譜を先輩に出したら、ゴミ箱に捨てられたよ。ちゃんと1曲1曲一から手作りしないとだめだ、といういい先輩の思い出。
地球や人間に、感動は必要なことだ。きっと多いほどいい。
憧れのアイドル、ほんものがダントツに感動するのだ。
ゲームよりほんもののゴルフがむずかしい、むずかしいから喜びを味わえる。
目の前で繰り広げられるライブもね、ネット配信の小さな画面はウソというくらいの迫力の汗と涙だ。
今は音楽も劣化なしでコピーできるらしいけど!
パン代をためて買ったアルバムは、なぜかダントツに自分の音楽の強い核になっている。
モチベーションも自分の出す音も、自分が強くなりたいから、なるべく苦労してでもオリジナルを手に入れるようにしてるけどね(CDとして発表されたならCDを買う)。
簡単にコピーする自分では、アーティストには肉薄できずに、自分の心の中できっと音が劣化してるのだ。アーティストの音を聴きとらなくちゃ。
たくさんの冷凍食品がスーパーに所せましと並んでいる、これもコピー文化みたいだ。
冷凍食品はお母さんたちの朝のお弁当作りを助けた、と思う。
どれだけたいへんかはわかるから、よかったねと思う。
便利なものがあると人間は使うよ(毎日)、でもお母さんの役割も変わったんだねということ?
朝、味噌汁を作ってくれなくなった子供たちはかわいそうだと思う。
でもきれいに小分けにされた冷凍ひじきの煮物も、買ったほうが安いんだ…。お母さんの愛情や努力がコピーに負けるのか(アジアの安い労働力に負けているのかも)。
今、冷食でもうけている会社が
「私どもは日本に、お母さんのあたたかみをとりもどすために、あえて冷食づくりをやめることにしました2012」
なんて宣言したらすごいと思う。ありえないって(^^ゞ
ひとのことを考えるってことが、何だかわからなくなるね
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